父への思い

今週のお題「おとうさん」

父の話。
私の父は人の悪口を言わない。
これは嘘のようなホントの話。
父は話をするのが好きではないので、自分から人のことをペラペラ話さない。
そして、家族が人のことを話していると聞いているだけである。
時には悪口と取れる会話ももちろんある。
しかし、父は同調せず、聞いているだけである。
今振り返って見ても、人の悪口を言っているのを思い出せない。

兄弟の多かった我が家では、学校関係、仕事関係、ご近所関係、親戚関係など出るわ出るわ人の話。
こうなるといい話ばかりではない。
この時もじっと聞いているだけである。
これはなかなかできることではない。
自分なら、ふと家族の味方をしてしまいそうだが、父はなんとも言えない顔で聞いていたのを覚えている。

そんな父はどのようにストレスを発散しているのだろうと疑問に思ったことがある。
毎日毎日働いて、休日は家族サービス。
もちろん疲れて丸々一日寝ていることもあったけど、お酒も飲まない、小遣いも少ない。
旅行もほぼ行っていない。
そんな父はどう思っていたのだろうか。
自立した今、小さい頃を振り返ると感謝の思いが積もってくる。

父の好きなことは絵を描くことだった。
休日は絵を描いていることが多かった。
仕事も絵の関係だった。
買い物も絵に関するものが多かった。
仕事帰りに買ってきた白の油絵の具を使わせてもらったことがある。
そして、やわらかくて書きやすい特殊なボールペンも買ってきた。
ハガキサイズのクロッキー帳も山ほどあった。

私が小さい頃は美術館に何度も連れて行ってくれた。
行くところがない時は決まって美術館に行くか公園で絵を描いていた。
美術館に父の描いた絵が展示されることもあった。

今思えば、いろいろな感情を絵に込めていたのだと思う。
実家にはたくさん父の描いた絵を飾っていた。
その絵は時を経るごとに作風が変わっていったように思う。
一番古いものは、深い赤を貴重とした油絵。
その後、水彩画。
そして、ボールペンのみを用いた人物画。
一番多かった作品は、たくさんのおもちゃやピエロ、階段、気球、風車、貝殻が描かれた油絵だ。
そこに描かれたおもちゃに出会うと、必ず父を思い出す。
その他にも、色紙に描いた、やさしい朝顔
また、絵以外にも香合や茶碗など陶芸もやっていた。
作品をみると、それに関わっていた頃の父を思い出すとともに、自分の歩んで来た道も思い出せる。

その中に、私が習字の墨汁で汚してしまった絵がある。
これは貝殻や白鳥の置物が描かれた水彩画で、もうすぐ完成というものだった。
その一枚を見るだけで、自分がイヤイヤ習字の宿題をやっていた場面を鮮明に思い出すことができる。
汚してしまってごめんと謝ると、たくさんあるし、また描けばいいから大丈夫と言ってくれた場面も蘇ってくる。
この一枚にも父のいろいろな思いが込められていただろう。

あの汚してしまった絵はどこへいったのだろう。
淡い水彩画に、父の好きなものがたくさん描かれていた絵。
その上に真っ黒の墨汁が点々とこぼれ落ちた絵。
父のたくさんの気持ちが込めれた絵。
実家に帰ることがあれば、聞いてみよう、あの絵はどこへいったのか。

好きなものがはっきりしている父を尊敬しているし、自分も好きなことをして生きたいと思う。