子供の頃の怪我 頭縫合2回、足縫合1回

本日は怪我の話です。

母に「ありがとう」の感謝の気持ちを込めて書きました。

 

子供の頃は頻繁に大怪我をしていました。

私は落ち着きがなく、あわて症で、せっかちで、負けず嫌い。

階段を降りるのは一段抜かし。

登るのは数段抜かし。

いつも階段は飛び跳ねているし、飛び降りている。

お風呂は子供の中で一番に入りたいので、親が入ると駆け込んでいく。

ホップステップジャーーーーンプで風呂場へ突入。

今思い起こせば、怪我をしない方が不思議な動きでした。

 

以下、私の経験談

まずは頭の1回目。

頼まれたゴミ袋を届けるために、3階から階段を駆け下りて、外に向かう時でした。

いつものように飛び跳ねながら、ゴミ袋を1枚握りしめながら〜

すると、ゴミ袋がふわっと広がっていき、そのゴミ袋の上に私の足がのったのです。

そして、ゴミ袋と自分が共に階段を滑りながら10段ほど落ちていく。

落ちきったところで、頭がずきずき。。。。

そっと、頭に手をやると、やってしまっている。

これはやばい。

泣きながらゴミ袋を届けるも、ゴミを集めるどころではなくなる。

母親がおろおろしている。

もうゴミ集めはいいから、座って!と言われる。

救急車?と思いきや。

母は冷静に保険証を取ってきて、いざ病院へ

母がおんぶしてくれて総合病院の時間外診察へ。

おんぶをしてもらっているあいだ中、ガーゼハンカチで傷口を抑える自分。

もう痛いし、悲しいし、怒られるしで、苦い思い出。

親は大きな子供をおぶって、しんどかったに違いない。

 

診察は針でちくちく縫合。

最近はホッチキスみたいなのがあるようだが、自分の頃はまさしく裁縫。

糸がするする通っていく感触。。。

出来上がると、頭全体にネットをかぶせて縫い口を塞いでいるガーゼを固定。

頭は白い玉ねぎ状態。

ど派手になってしまい、学校に行くのも恥ずかしかった。

その後、頭への衝撃が悪さをしていないか、半年近く病院に通って終了。

このゴミ袋事件で、階段は一段ずつ登りおりするようになりました。

ゴミ袋は折りたたんで、ポケットに。

少し慎重さが増した経験でした。

 

頭の2回目。

お風呂の時間。

母親が先にお風呂に入って体を洗う。

その後、子供が呼ばれて順番に入っていく。

その入るときに、走りながら、飛び跳ねながらお風呂場へGo!!!!

すってん、ころり。。。。

濡れているから?

石けんで?????

まさかの?

たらり、たらりと頭に冷たい感触。

またしてもやらかしたのです。

お風呂どころではない。

救急車か?

いや、今回もおんぶで総合病院へ。

今度もチクチク縫合。

母はもう呆れ顔。

保護ネットは恥ずかしいので断る。←なんという子供。

その後、抜糸、頭の検査数回、終了。

この怪我を経験して、お風呂は慎重に入るようになりました。

とりあえず母に風呂場、台所、プールサイドなどは走るなと言われました。

 

最後は足。

姉と自転車に二人乗りして遊んでいた。

親に二人乗りはルール違反だとあれだけ言われていたのに

やってしまった。

足を巻き込んだのだ。

やばい

やばい、痛い。

姉は顔面蒼白で母親を呼びに行く

私は近くの石垣に座って待つ。

母親が傷をみるなり、病院にいく必要のある傷だねと冷静に発言。

はい、すみません。

あれほど言われていたのに守らなかった二人乗りが原因です。

病院にはやはりおんぶで、救急車はなし。

もう体重のことを考えると想像するだけでしんどいおんぶだったと思う。

病院の先生は神経やアキレス腱が見えていますので、もう少し深ければ大変でしたとのこと。

足首のアキレス腱にちかいところをちくちく縫合。

見習いの先生で、何度もやり直す。。。

麻酔はあるものの早く時間が過ぎてほしかった。

母親は無言のまま。

縫合が終わり、松葉杖をもらい、家に到着。

呆れ返っていた母親が一言、このままいくと怪我で死ぬよ。

 

そうか、いつも治るとは限らない。

毎年毎年、怪我で外科や脳神経外科、レントゲンにお世話になっていた。

まずは一年間大怪我をしないことを目標に生きろときつく言われました。

その後、病院にいくような怪我はなくなりました。

3度目の正直ではないけれど、成長できてよかった。

 

大人になってから母親に怪我ばかりしてゴメンと言うと、こちらこそゴメンと。

そう、母は監視できていない自分を攻めていたようです。

年子で弟が二人(双子)だったので、そちらに気が向くのも仕方ない。

今になっていろいろ感じる幼少期です。

母よ、ありがとう。