怒られること

最近感じること。

それは怒られることが減ったこと。

振り返れば、怒られることが多かった学生時代。

いつも反発、反発、反発。

子供時代も怒られてばかりだったように思う。

なぜか、怒られた思い出だけが大きく膨らんでいるように感じる。

褒められた記憶と怒られた記憶なら1:5くらいの差がありそう。

しかし、今は、怒られることがほぼない。(ほめられることも少ないが)

これって、もしかして自分で軌道修正するしかない?

そういうことだろう。

自分で気づいて、修正して、また問いただす。

嬉しいような、寂しいような。

これが大人?

これが年をとること?

人にいわれてやっても、最後は自分の気持ちで動くのだ。

だから、今まで怒ってくれて、ありがとう。


怒るには気力がいる、怒るには愛が必要。

今まで頂いた、たくさんの怒りを思い出してみる。

すごい嫌味もあった。

すごい剣幕もあった。

すごい晒されたものもある。

すごく恥をかいたことも。

もう二度と話すことはないだろうと思うくらいの怒りを受けたこともあった。

ありがたい怒りもあった。

ためになった怒りもあった。

そっと背中を押すアドバイス的な怒りもあった。

ダイレクトに、こうすればいいと教えてくれた人もいた。

そんな怒りや指摘も、どこかで自分を軌道修正するきっかけになったのだろう。

自分自分自分で生きてるつもりでも、人に影響されているのが常だと感じる。


次は怒る番になるのか?

怒る気力はあるのか?

怒れる勇気はあるのか?

怒れる自分であるのか?

甚だ疑問だ。

ここは自然体で行こう。

無理にやらなくていい。

怒るタイミングは来るかもしれないし、こないかもしれない。

もし怒るタイミングがきたら、怒る前にまずは自分のことを振り返りたい。

怒る前に一呼吸おいて、自分の行いと照らせ合わせながら考えるつもりだ。

今のところ、怒る立場にない自分が浮かび上がる。

あぁ。もっと自分が成長しなければ。


人に何かを伝えるのは難しい。

人を変えるのはもっと難しい。

自分の心や行動が変わるとき、背中を押してくれる瞬間。

そのありがたい瞬間を覚えておきたい。

応援しながら背中を押すような怒りでありたい。

もう、怒ることではなくなっている気もするが…

また新しい年度がやってくる。

新しいことに挑戦してみようと思う。