生きるということ

今週のお題「大人になったなと感じるとき」

 

生きるということについて考えてみた

というより

身近な人が亡くなって、自分は今何がしたいのか。

そして、どんな風になりたいのか。

今まで、そんなこと考えて生きてきたつもりだったけど

やっぱり分かってなかった気がする。

どこを目指していた?

何がしたかった?

 

亡くなったあの人は幸せだった?

いい人生だった?

あれこれ思い出に浸りながら、出ない答えを探してる。

だから、今一度立ち止まって

自分はどう?

どうなりたい?何がしたい?笑えている?

そんなことを考えたまま。

健康もほしい。お金もほしい。あれもこれもほしい。そんな現実。

そんな欲張りな自分もいいだろう。

欲がないのも寂しい。

 

人生を、大人を楽しめているか?笑えているか?

どちらもできていない。

ふと気づくと働きっぱなし。

もちろんありがたいことだ。

働ける毎日。

駆け抜ける毎日も非常にありがたい。

最高じゃん。

でも笑って生きたい。

笑いを人生に追加したいのだ。

このままゴールまでいくのか。

それともどこかで、大きく舵を切るのか。 

今はコロナウィルスに翻弄される世界。

だから、舵をきるにもきれない。

でも、ここが変化へのチャンスなのかもしれない。

否応なく進路を変更しなければならないのかもしれない。

そう、ピンチはチャンス。

低空飛行は上に大きく行ける。

そんな簡単にはいかないけども、ない脳みそをひねる。

 

コロナ禍でどう笑う?どう楽しむ?

もがきながら生きる。

私の中でもがきながら生きるのが大人だと答えがでた。

生きていればいろいろある。

常識と思っていたことが、常識じゃないことも多い。

ありすぎて、時には対応できずに逃げる。

そして、逃げた自分を後悔したり

逃げた自分を褒めてあげたりする。

二十歳になるまでは、いや、子供の頃は

大人が輝いて見えた。

そして、自分も大人になれば、輝くのだろうと思っていた。

輝く大人をずっと目指していた。

しかし、気づけば輝いていない大人の自分がいる。

 

そう、大人にはなったけど、イメージ通りではない。

自分の中で大人になったと思うこと。

それは、ああでもない、こうでもないと考えて

悩んで

でも、開き直って

また歩きだす。

そして、長い休みに入ったり。

もみくちゃになりながら、歩く。

そんな大人になった。

それが自分の大人の姿。

これから、今の自分を楽しもうと思う。

面白い本を探す。

きれいな花を探す。

そして、ベランダの草花を見る

たまに野菜を収穫して、料理する。

お気に入りのジャケットを着て散歩する。

ボロボロのズボンで子育てして、滑り台を気にせずすべる。

それから、家事に追われて、美味しいハーブティーをのむ。

ネットで買物をしながら寝落ちする。

ペットの飼える家を探す。

ほしい家が見つからなくて、株を売買する。

資格をとる

コロナウィルスが収まれば旅がしたい。

だから旅グッズも充実させる。

絵も描いておこう。

展覧会にも行こう。

部屋の模様替えをして、気分を変える。

SNSやPCも使いこなしたい。

手作りのあれこれに囲まれたい。

人生はあっという間かもしれない。

 

あっという間の大人を楽しもう。

生きている今を懸命に。

新成人の皆様おめでとうございます。

大人を楽しもう。

大人を存分に生きよう。