期待から生まれるモヤモヤ

気持ちにもやもやが生まれた。

この「もやもや」がどこから生まれてくるか。

もやもやって、何?

もしかして、もしかして、期待しているから生まれている?

これをやってほしかった。

あれを買ってほしかった。

もっと助けてほしかった。

この仕事を片付けてほしかった。

そろそろ歩いてほしかった。

そろそろ自分でやってほしかった。

自分はとてもしんどかったのに。

こんな感じだ。

これは一方通行の期待の気持ち。


こっちの方向もある。

ボランティアはするべき。

寄付はするべき。

貯金はするべき。

スーツは着るべき。

いつも笑っているべき。

困っている人を助けるべき。

相手側からの期待による、もやもやもある。

自分ができそうなことをやればいい。

あるいは自分がやりたいなら、やればいい。

そうすれば、もやもやは生まれない。

でも、双方の気持ちがあるので、思うようにいかずモヤモヤが発生。

きっとこの流れで自分のもやもやは発生している。


だから気持ちを切り替えよう。

期待はするけど、期待しすぎない。

期待して、期待したとおりになることはすごいこと。

期待されて、期待されたとおりにできることもすごいこと。

全く期待せずになんて生きていけない。

全く期待されないのも寂しい。

だけど、期待に添ってもらえない時、期待に添えない時がある。

これが日常なのかもしれない。

いや、これが日常。


期待に添ってもらったときに、ありがとうの気持ちを持ちたい。

期待に添えた時の気持ちも忘れずにいたい。

これからも期待と共に。


気持ちのもやもやは自分に正直でないときにも生まれている。

もっと気持ちを噛み砕いて、小さくして伝える。

もっと気持ちを解いていって、わかりやすく伝える。

もっと正直に、もっと正確に話してみる。

こうすれば、もやもやは小さくなり、好転することが多い。

自分の気持ちを自分の中に閉まっておいて、いきなり出す。

だから、相手もびっくりして、聞いてないよ〜となる。

えぇ???伝わってないの?

こんな空回りがはじまる。

小さな空回りが大きくなり、空回りどころか、最終的には全く回らなくなる。

気づいた時には遅い。手遅れだ。


「もやもや」はできて当たり前。

皆、感覚なり考えが違うから。

もう一度「モヤモヤ」と向き合ってみる。